2018年06月07日

100万ドルの賞金を拒否した男の話

もしあなたは、自分の功績に対して100万ドル(約1億1000万円)が支払われることになったとき、拒否するという選択肢を持つことができますか?今回は旧ソ連出身のグリゴーリー・ペレルマンという数学者のお話をしたいと思います。

ペレルマンとは?
ペレルマンはソ連出身の数学者で、かねてより天才数学者であると評されている人物でした。そのペレルマンがある2つの出来事をきっかけに数学と無縁な一般人にも注目されるようになりました。1つ目は『ポアンカレ予想』という数学界の超難問を解いたため。2つ目はポアンカレ予想を解いたことによって与えられた賞と賞金をことごとく辞退したためでした。

数学界の超難問『ポアンカレ予想』
『ポアンカレ予想』とは、1904年にポアンカレという学者によって提唱された定理で、提唱した本人はもちろんのこと、そのあとの多くの数学者が取り組んだにもかかわらず100年間正しいと証明できなかったほどの難問でした。そのため、2000年に『ミレニアム懸賞問題』に指定され100万ドルの賞金がかけられました。『ミレニアム懸賞問題』とは、クレイ数学研究所が2000年に制定した制度で、過去未解決の7つの問題のどれか1つでも解いた場合、懸賞金として100万ドルを授与するというものです。現在は6つの問題がミレニアム懸賞問題として残っていますが、今世紀中にこの中のどれかが解決する可能性はほぼないといわれているほどの問題です。

困難を極めた論文の検証
そんな超難問の一つをペレルマンは解明したのですが、この証明が正しいと確認するために4人の一流数学者が2年以上の歳月をかけて検証を行いました。彼の論文は数学の中でも様々な分野の専門家が読み合わせをしなければ解読できないほど難解でした。

賞をことごとく辞退
ペレルマンは、ポアンカレ予想を解決したことで授与される予定だった2つの賞を辞退しています。1つはフィールズ賞で、この賞は『40歳以下の人物に4年に1度授与される』ため、ノーベル賞を受賞するよりも難しいといわれている賞です。さらに、冒頭にも書いた『クレイ賞』の受賞も拒否をし100万ドルの賞金を受け取りませんでした。

なぜ、彼はそこまで受賞を拒んだのでしょうか?それは、彼があまりに偉大な功績を残したために起こった数学者たちからの妬(ねた)みだったり、剽窃(ひょうせつ)〔他人の研究を自分の成果だと主張すること〕だったり、一般大衆の好奇の目にさらされることを拒んだためだといわれています。例えば、彼が証明を発表したのち、アメリカの大手新聞社は彼が100万ドル目当てで研究をしたかのように報道をしたのです。

当然のことながら、彼はお金が目当てでこの研究を始めたわけでもなく、この研究にとりかかったのも100万ドルの懸賞金がかけられる何年も前でした。彼は「宇宙の真理にたどり着いたのに、どうして100万ドルなんていうお金にこだわらなければならないんだ?」と言ったそうです。彼は、ポアンカレ予想を証明できたことを誰かに評価してもらおうとも思っていなかったし、ましてや、自分の研究の成果が100万ドルというお金の価値に等しいと評価されるということ自体がばかげていると思っていたのかもしれません。

真理を求めることに見返りは必要ない
今回は数学者ペレルマンをご紹介いたしました。ペレルマンは問題を解決した人物でしたが、数学者の中には超一流と呼ばれながらもあまりにも困難な問題に取り組んでしまった結果、何の成果も残せずに死んでいった人もいます。ある優秀な数学者は大学の教授から「お前は前途があるのだからこの問題にだけは手を出してはいけない!人生を棒に振ることになるぞ」と言われたにもかかわらず、その問題に取り組んでしまい、その後何年も人との交流を断ち自宅の屋根裏に閉じこもってひたすらその問題の解を考える日を送り続け、最終的には食べることも寝ることもしないまま研究の途上で亡くなったそうです。その数学者は亡くなる直前、「後悔はない。ただひたすらこの問題と向き合えたことに幸福を感じられる一生だった」と言ったそうです。

なお、ペレルマンは先輩の数学者とこのような会話をしたそうです。

いつだったか私が、『大きな難問に挑むのは魅力的だが大きければ大きいほど失敗したときのダメージは計り知れない』と言ったのです。するとペレルマンは真面目な顔でこう答えました。『私には、何も起きない場合の覚悟がある』と。

「この問題に人生を費やして取り組めることほど幸せなことはない」と言わしめるほどに数学に没頭してしまう研究者たち。今回の話は、我々がモノの価値を測る尺度として使っている『お金』というものが、真理を求める人にとってその用をなさないものになっていることを教えてくれます。彼らは数学を通してこの世の中の様々な執着から離れることができた人たちだったのかもしれません。

参考図書:マーシャ・ガッセン『完全なる証明』(文春文庫)
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2018年03月07日

彼岸の由来

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『暑さ寒さも彼岸まで』というような言葉もあるように、季節の変わり目といわれるのがお彼岸の時期です。お彼岸に墓参りをしたりお寺にお参りに行くというのは昔からの慣例ですが、もともとはどういう由来なのかあまり知られていないように感じます。そこで、今回はお彼岸の由来についてお話ししたいと思います。

彼岸は『到彼岸(とうひがん)』を表す『波羅蜜多(パーラミター)』から来たもので、『波羅蜜多』は修行の完成(=悟りの境地に到達すること)を意味します。昼と夜の時間が同じになる彼岸の中日は、お釈迦様が説いた『中道※1』を実践する上でもよい時期であること、また、彼岸の中日は太陽が真西に沈む日でもあり、その方角に向かって念仏を唱えれば西方浄土(=極楽)への往生が最も近くなると考えられていました。
しかし、彼岸に寺院等に参拝したり先祖供養を行う習慣はインドや中国にはないといわれており、上記の考えは日本で生まれたものであるようです。では、なぜ日本でそのような習慣が定着したのでしょうか?

これには、仏教が日本に渡来する前からあった自然に対する祈りが大きく関係しているようです。つまり、仏教が日本に渡来するより前から民間信仰として『太陽崇拝』が存在し、その信仰が仏教と融合して現在の彼岸の形になったというのが彼岸の由来のようです。

日本では、昼と夜の時間が同じになる彼岸の時期に農作業が始められていました。農作業の始まりに際し、その年の豊作を願い太陽に向かってお祈りをしたと考えられています。
長野の一部地域には『日天願(にってんがん)』という言葉が残っているらしく、『日の願(ひのがん)』と言われていたそうです。『日の願』が『日願(ひがん)』となり『彼岸』に変わっていったと民俗学の観点からは見られています。日本に仏教が渡来したのち、太陽を表す仏とみなされていた大日如来が太陽崇拝の対象となり、そのころ民間に浸透し始めていた念仏と合わさり、季節の変わり目となる彼岸に七日間夜通し念仏を唱え続ける百万遍念仏などが行われるようになりました。
一般に念仏というと阿弥陀如来を奉る「南無阿弥陀仏」が有名ですが、彼岸中に唱えられたのは『天道念仏※2』でした。(天道念仏の文言は「南無阿弥陀仏」や光明真言などいろいろあるようです)
時代が進むと、天道念仏は踊念仏に変化していきます。踊念仏とは、太鼓などをたたき念仏を唱えながら踊るものです。今でも一部の地域ではこの天道念仏踊りをする習慣が残っているようです。

これまでのところで、彼岸にお寺をお参りする理由はなんとなくわかったかと思いますが、「じゃあ、なんでお彼岸に墓参りに行くの?」という部分はまだ謎のままかと思います。これにはお彼岸の近くで行われていた『初午(はつうま)』という行事が関わっているようです。
『初午』とは農作業を始める時期に山の神を田や畑に迎え、その年の豊作を祈る行事でした。山は、古くから亡くなった人が居る場所だと考えられていたため、山の神を祀ると同時に祖霊を祀るようになったようです。この初午が春の彼岸に近い時期であったため、太陽を祀る『彼岸』と山の神を祀る『初午』が融合し、彼岸にはお寺・お墓にお参りする」という習慣になったのです。

このように『彼岸』は、古来からの信仰と仏教とが結び付き民衆の中に深く入り込んだ行事だといえます。今年のお彼岸は皆さんのお父さんお母さん、おじいさんおばあさんに思いを馳せながら自然の恵みに感謝するような期間にしていただければと思います。

参考画像)
@天道念仏踊の様子
A天道念仏を始める前に神主さんが祝詞(のりと)をあげており、民間信仰と神道、仏教がいかに深く結びついていたかがわかります。

参考動画)
福島県西郷村で行われている天道念仏の動画がありました。


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2017年11月04日

『ここたま』が教えてくれること

今回の題名をご覧になって『ここたま』が何かお分かりになった方は、おそらく身近に小さいお子さんがいらっしゃるのでしょう。『ここたま』とは子供向けアニメのキャラクターで『かみさまみならい ヒミツのここたま』という題名のアニメに登場します。

私がこのアニメに注目した理由は、『ここたま』が誕生するための条件やその後の過程が非常に興味深かったからです。主人公である小学生の女の子が、おばあちゃんから「モノにはみんな魂があるんだよ」と教えられて自分の物を大切に扱っていたところ、ある日、自分が小さい時から使っている色鉛筆から『ここたま』が生まれるところを目撃します。『ここたま』とは、人間が大切にしているモノへの想いが具現化した 『モノの神様(の見習い)』で、人間に見つかってはいけないというルールがあります。その『ここたま』は女の子に見つかってしまったため、本来ならば、すぐに色鉛筆に戻らなければいけないのですが、女の子と秘密の契約を結ぶことで「ここたま」として存在することができるようになり、物語が展開していきます。話が進むにつれ、ピアノから出てきたここたま、本から出てきたここたま、いろいろなここたまが登場します。

人間が大切に扱えばモノには心が宿り、『ここたま(=神様見習い)』が誕生する。修行を積んでいくうちに『ここたま』は成長して本当の神様になる

という考え方は、お大師様の言葉にも通じるように感じられます。

草木(そうもく)また成(じょう)ず。いかにいわんや有情(うじょう)をや
(草木ですら成仏するのだから、心のあるものが成仏しないはずがない。)

これはお大師様の著作からの抜粋です。この文章は、私たち人間だけでなく、動物、植物、果てには石ころなどの無機物も仏になれるのだということを意味しています。
もともと、インドにおいては動物だけが仏になれると考えていました。それが中国に仏教が伝来してから仏になれる対象が大きく広がったのです。
このお大師様の言葉には、あらゆるものから我々は学ぶべきであり、あらゆるものを尊重すべきである、という意味が込められております。
もともと日本には、「針供養」「人形供養」など自分が愛用していたものは無機物であっても供養の対象とする風習がありました。モノに対しても感謝の心を忘れなかったのです。
今でもそのような考え方は多くの方の心に残っておりますが、最近ではそういった考えとは少々異なる考えの方も現れてきています。

皆さんもよく利用されているコンビニエンスストア。コンビニに行くといつもたくさんのお弁当やパンなどが陳列されています。陳列されているパンやお弁当は賞味期限の数時間前には棚から降ろされて廃棄されます。買った人が持ち帰る時間まで考慮しての措置だとはいえ、結局はまだ食べられるものをゴミとして廃棄しているわけです。この廃棄の量というのがまたすごい量で、あるコンビニ店舗では、20〜30kgのおにぎりや弁当を毎日廃棄しているそうです。
インターネットの記事でコンビニオーナーの発言に以下のようなものがありました。

『・・・コンビニを開業する時に、あるお店へ視察に行ったら、その店のオーナーさんが廃棄処分するおにぎりを足で踏み潰して、「こんなのはごみ、こうやって処分するんだ」っていうのを見せられたました。さすがに私はそこまではできないと思いましたが・・・』

いくら捨てる運命にあるものとはいえ、このオーナーさんがとっている行動は食べ物に感謝をしている人の行動とは程遠いものだといえるでしょう。残念ながら、現代では捨てるものであればどのような扱いをしたってかまわないという認識の人が一部に存在しているのも事実です。(捨てるものでなくても粗雑に扱われることも多いですが、、、)そのような大人がこれ以上増えていくかどうかは、まさに今大人である我々次第といってもよいでしょう。子供、孫の世代へ我々がモノの大切さを伝えていかなければ、モノを大事にしない傾向はどんどん加速する可能性もあります。

まずは私たち大人が、自分自身も心からモノを大事にし、それを行動で示しながら子供に言い聞かせることによって、初めて子供たちにその心がつながるのだと思います。そしてこのような行為こそが『自利利他』(注)の実践でもあるのです。

今の子供たちが『ここたま』を育てられるよう、アニメの力だけではなく我々自身が見本となってその心を示していきたいものです。

(注)自利利他・・・自らは悟りを求め、人々に対しては救済し、利益(りやく)を与えること。もしくは、自ら利益を得、他人をも利益すること。

youtubeで公式に第1話が無料でアップロードされておりましたので、ご参考までに、、、

タグ:法話
posted by 樺戸山金剛寺 at 00:00| Comment(0) | 法話